【2 】 Calma Water Club

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2 months ago

鮎を獲るということ。動画を作りました↓をお先にどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=JaP-h5HSLl

 


近年、クラフトや民芸が見直され評価をされている。僕も昔から土着の物作りが好きで、その土地の素材で生まれた親しみのある形や、自然素材ならではの手触り、いきいきとした機能美をみるととても幸福をかんじる。海外の街が美しいのは、建物の多くが「自然素材」の地産地消から来ている必然からだと僕はかんがえる。その土地に無い物では無く、在る物の良いところや悪いところを許容して労力をかけた工夫が文化となり、その土地の顔をした造形美を生み出す。

建築、インテリア、雑貨は、今世紀から多くの人に愛され、評価を得ている。しかし、行為として自然に直接携わる仕事、遊びの評価はどうでしょう?極端に評価が低く、すごいスピードで失われつつカルチャーである事に、どれぐらいの人が気づいているだろうか?。そもそも体験したことも見たこともないので失っていることにも気づいていないのではないだろうか?

河原やビーチでBBQをする人はいても、魚を捕ったり、それを食べたりしていた過去の日本人は姿を消し、木で出来た川船で川面を滑る風景はもう過去の絵の中の世界。すべて金で買える、「気のする」世の中になり、技術やノウハウは機械に置きかわりましたが、目的が簡単に手に入ることで無くした人の技術やノウハウは相当なものだと感じます。そして、そのノウハウと共に大きな芸術的価値や景色、道具を失っている。

 

 例えば、アジアの木々を安く買うということは、日本から林業の道具やノウハウを失う事に成る、誰も出来なくなると言うことだ。また、漁師が探知レーダーと高性能のエンジンで魚を取り尽くそうとするのも、大工がプレカットの家ばかり建てるのも、道具とノウハウが失われると言うことです。

これらの行為の美しさは、日本人独特の感覚を育む貴重な物と考えている。だから僕は、民芸や、建築のように現代に新しく芸術としてたかめ表現にする価値があると考えています。

川遊びをするなかで、生き物を見たり捕ったり食べたりすることは、自然行程をたくさん踏むことになります。天気を気にしたり、水温を気にした入り、道具を気にしたり、あたらしい目的地までの景観を楽しんだりと、「決められた場所で決められたことをする」のとはまるで違い、こういう経験が人には大切です。

管理するとは安心する、安全であるということかもしれません。しかし、管理され安全な物だけを正義としてよいわけがないことを、まともな人は感じているはずです。多様性とはそういうことだ。

 

ゴーグルとシュノーケル、たったこの二つでだけでその世界の住人をのぞきみることができます。鳥の目線にはなかなかなれませんが、魚の目線にはだれでもなれるのです。水が綺麗であればね。


CWCの中で使用されているヤスはオリジナルプロダクトです。この道具は日本では中国製の物しか販売されなくなり、鮎突きではゴムが切れたりヤス先が折れるのは話になりません。

危機感を覚えた僕は、自分がやるべきだと使命感をもって製作しています。この道具は川魚の王者「鮎」を追う為に5年のシーズン歳月をかけて製作しており、生産数の極端に少ない貴重な道具です。ご興味のある方は連絡ください。

ヤスは川に生息する比較的小型の魚を突く複数本の刃を持つ道具で、モリは海洋にいる大型の魚を射貫く1本刃の物を言います。